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板倉勝静

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年2月1日更新
板倉勝静(1823~1889)
板倉勝静(1823~1889)

 江戸時代末期の備中松山藩主、老中首座。幼名は寧八郎、新十郎。号は庫山、松叟。伊勢桑名藩主松平定永の八男。板倉勝職の養子になる。藩政改革を漢学者・山田方谷の登用によって、成功させた。幕末の政治の中枢を担い、将軍家徳川家茂、慶喜のときに老中をつとめた。1867(慶応3)年大政奉還に立会い、戊辰戦争の時には、北海道函館まで赴く。明治維新後は上野東照宮宮司をつとめた。